アイの完熟トマト日記

私アイの日常について。
現在大学3回生です。対人恐怖、過敏性腸症候群の治療中。2回生のときに休学経験あり。挫けそうだけど、頑張るしかないね(*・・)ノ☆

教育実習①

こんばんは!

前回の更新からずいぶんと時間が経ってしまっていますが、果たしてこのブログを見てくださっている方はいるのでしょうか?😮


私アイは、8月30日から3週間ほど教育実習に行ってきました!!中学校に行ってきましたよ〜🍀


英語の授業は9回させていただきました。


基本的には、私の書いた指導案を教科指導教官の先生に添削していただきアドバイスをもらい、指導していただいた箇所を書き直し、ゴーサインが出たら指導案に沿って実際に授業をするっていう感じでした🙋


指導案のお直しは一つの指導案につき約3回。本当は授業の前日にはゴーサインをもらわなくてはならなかったのですが、私は要領が悪く授業当日の授業2時間前にゴーサインをもらうこともありました…😅というか、ゴーサインを出さないと授業ができないので、指導教官の先生は渋々オッケーをくださったのだと思っています💦


課題は山のようにありますが、私の最大の課題は「話し方」です!オールイングリッシュで授業を行っていたのですが、話し方がアンドロイドのようで、話の内容が伝わって来ないという指摘を数々の先生から受けました。


自分では自覚がなかったのですが、私の授業を参観してくださった人、すなわち英語科の先生以外の他教科の先生にも「アイ先生と生徒たちの間に見えない壁があるように感じる」と言われました😢


その原因を探ってみるといくつかの点が浮き彫りになってきました🐿

・英語の抑揚があまりなく、話し方が平板である

・話が淀みなく続いている(間がない)

・自然なつなぎ言葉が少ない

・緊張している

・クラス全体に漠然と話しかけている



これらを克服するには、

・英語で話すときに失敗を恐れない

・リラックスして話す

・クラス全体に向けて話すときにも、個人個人を見ながら話すようにする

などが解決策らしいです😊


あとは生徒との関係を築くことにもかかっているんだとか☀️



今回の教育実習では学んだことが本当にたくさんあります。またパート②、③に続きたいと思います😆

病み期到来〜シャーリーの物語〜

オーストラリア旅行が終わり、少しさみしい気持ちのアイです😢


みなさんは、お盆は帰省されましたか??


私も少しだけ、実家に帰りました🍀



先日、すごく傷つくことがありました。


あまり気にしないようにしようと思っていたんですが、日に日に傷が深くなってきて、膿が出ているような状態です😭


これまでの私の体験をシャーリーに投影して、話を書いてみました。よかったら、読んでみてください🏃


これで、少しでも気分が安定するといいな。


【シャーリーの物語】

シャーリーは、目を閉じた。涙がとめどなく溢れてくる。本当は、このまま深い眠りに落ちていき一生醒めなければいいのに。シャーリーは、静かに人生を振り返ることにした。


シャーリーはひとりっ子だったから、周りからとても大切に育てられた。シャーリーは、幼い頃からすぐに泣く子だった。泣けば事が解決することも多かった。だから、シャーリーは困ったことがあればすぐに泣き誰かに援助してもらった。自分自身で物事を解決するということをほとんど経験してこなかった。


シャーリーは、リーダーシップのあるいつもニコニコしていてはつらつとした女の子だった。小学生のころは、よく皆をまとめたり、授業中に発表をたくさんしたりする、いわゆる優等生だった。


中学生になったシャーリーは、吹奏楽部に入部した。彼女は、小学校6年生のときからトランペットを吹いており、中学生になってもそれを続けた。シャーリーは、毎日欠かさず練習に行った。雨が降ろうと、風が吹こうと、熱があろうと、体がしんどかろうと、何があっても練習を休むことはなかった。クラスでもシャーリーは、班長を任されており友だちも多くいた。シャーリーの学校生活はとても充実したものだった。


そんなシャーリーの人生が変わったのは、中学校2年生のときだった。4月の係決めのときに、シャーリーは学級委員長に立候補した。女子の学級委員長に立候補したのは、シャーリーともう1人リーダーシップのある女の子だった。学級担任が2人に演説をするように言った。シャーリーは自分が学級委員長になってクラスをまとめて楽しいクラスにしたいと言った。一方、もう1人の女の子は「私は学級委員長になりたいから立候補しました」とだけ言った。誰の目からもシャーリーの演説の方がしっかりとしたものであることは明らかで、投票の結果、シャーリーが委員長に選ばれた。この日から、シャーリーの学校生活は180度変わった。廊下を通るたびに、誰かがシャーリーを見てクスクス笑ったり、ひそひそ話しをした。休み時間もシャーリーは観察され、カバンを開けて中からものを取り出すだけで笑われた。シャーリーが授業中に発表した後にも、クラスの中がざわついた。シャーリーが号令をかけても、反応して立ってくれる生徒は少なかった。学級委員長に選ばれなかった女の子が、クラスメートにシャーリーの悪口を言いふらし、シャーリーを無視するようにと言って回っていたのだ。シャーリーは苦しかった。シャーリーは辛かった。しかし、シャーリーは相手を責めるということは決してせず、自分自身を責めた。朝が来るのが怖い。教室に入るのが怖い。ならば、学校を休めばいいのではないかと思う読者も多いのではないか。しかし、シャーリーには吹奏楽部の練習を休むことは考えられなかった。だから、シャーリーは朝練の時間に家を出て、朝練が終わると重い足取りで教室に向かい、終礼が終わると一目散に音楽ホールへと走って行った。シャーリーは、自分でも気づかないうちに他人に対して心を閉ざすようになっていた。他人には決して本音を漏らさない癖がついた。愛想笑いが身についた。人と関わるのが億劫になり、嘘をつくことも増えた。シャーリーはそんな自分が大嫌いだった。


シャーリーは、勉強だけは怠らなかったので、市内のトップ校に進学した。シャーリーの高校時代も、決して明るいものではなかった。高校1年生のとき、シャーリーは体育の時間に走り幅跳びをして思いっきり尻餅をついた。シャーリーは大の運動音痴だった。尻餅をついたその日から、シャーリーは四六時中頭痛に悩まされるようになった。夏休みに入っても、シャーリーの頭痛は改善されることなく、むしろ悪化するばかりだった。心配したシャーリーの母が、シャーリーを病院に連れて行った。脳脊髄液減少症。これがシャーリーの病名だった。シャーリーは、体を横にして安静にしていなければならなかった。頭痛で学校を休む日も多くなった。シャーリーは、頭痛がする自分の体が嫌いだった。学校を休むことが多かったせいで、クラスの中に居場所がなかった。ただ、他人との関わりが薄い生活はシャーリーの心に平安をもたらした。女子が仲よさそうに話しているのを見ると心が痛くなることもあったが。シャーリーが学校生活の中で楽しみにしていることがあった。それは、放課後にさまざまな教科の先生とおしゃべりすることだった。シャーリーは、先生と話すことが大好きだった。自分の知らないことをたくさん知っていて、自分のことを決して悪く言わない先生たちは、シャーリーにとって先生であると同時に大切な友だちだった。もちろん、シャーリーには同学年の友だちもいた。ケイトはシャーリーの心友だったし、キャシーはクレイジーガールズ仲間だった。サラは、小学校のときからの友達で、シャーリーの良き理解者だった。


高校3年生になったシャーリーは、絶望の淵に立たされた。進路を決定するという一大イベントがやってきたからだった。大学選びに奔走するクラスメートを尻目に、シャーリーは毎日をぼんやりと過ごしていた。正直なところ、シャーリーは進路なんかどうでもよかった。ただ静かに誰にも気付かれずにこの世から消えたいと願っていた。シャーリーは、リストカットをした。流れる血を見ては、自分が生きているという感覚を得ていた。リストカットをしなければ、シャーリーには自分が生きているという感覚がなかった。シャーリーの母が涙を流し、シャーリーの担任や学年主任が心を痛めたことをシャーリーは知っているのだろうか。いいえ、彼女にはそんなこと知る由もなかった。だって、シャーリーの心は死んでいたのだから。


なんやかんやあったが、シャーリーは大学生になった。環境の変化はシャーリーにとってとてつもなく大きな脅威だったが、シャーリーは勉強だけはついていかなくてはならないと感じていた。そんなとき、シャーリーは1人の先生と出会った。シャーリーはその教授をマジェスティーと呼んだ。マジェスティーはとても感じの良い、綺麗な英語の先生だった。シャーリーはすぐに、マジェスティーに憧れるようになった。マジェスティーみたいな輝いていて優しくて美しくて凛とした女性になりたい。それは、シャーリーにとって生きる希望になった。シャーリーは、定期的にマジェスティーに謁見するようになった。マジェスティーは、シャーリーのどんな話にも耳を傾けてくれたし、とにかく優しかった。


シャーリーはマジェスティー教授が好きだった。好きと言っても、キスしたいとかそっちの方の好きではなく、ただマジェスティーから認められたいという気持ちが強くなっていった。


シャーリーは、いつもマジェスティーが自分の味方であると信じていた。苦しい時には、マジェスティーが応援してくれていると勝手に思い込んで、自分を奮い立たせていた。


シャーリーのマジェスティーに対する想いは日に日に強くなっていった。もはや、シャーリーはマジェスティー教の信者なのではないかというくらいにまで、マジェスティーに陶酔していた。シャーリーは狂っていた。シャーリーは狂愛していた、マジェスティーのことを。


シャーリーはマジェスティーのいうことなら、なんでも聞けると思っていた。もしも、マジェスティーがシャーリーに死ねと言えば、シャーリーはあっさりと死ぬだろう。


シャーリーは、自分のマジェスティーに対する想いがクレイジーだと気づいていた。だが、どうすることもできなかった。なぜなら、シャーリーにとってマジェスティーは生きる希望だったから、シャーリーからマジェスティーを奪ってしまうとなると、それはシャーリーの死を意味するからだ。


シャーリーは教育実習を控えていた。人間関係を築くことが苦手なシャーリーにとっては、教育実習は大きな試練だった。だから、シャーリーはマジェスティーに自分のスケジュール帳に自分を励ますような言葉を書いて欲しいと頼んだ。しかし、マジェスティーはシャーリーの行動が変だと言って、サインして欲しいと頼むシャーリーにたいして、ただ頑張って下さいと書いた。


その場では、喜んだぶりをしたシャーリーだったが、そのあとは心が疼いた。マジェスティーが何と言ってくれたかさえ、覚えていなかった。気づいたら、自分の家のベッドの中で横になり、泣いていた。


やっぱり、私は狂っているんだ。マジェスティーは私のことを気持ち悪いと思ってるんだ。そういえば、この前、マジェスティーに一緒に写真を撮ろうとせがんだが、マジェスティーに断られた。ただ写真をお守りにしたかっただけなのに。写真をお守りにしたいって思う時点で、私は狂っているの?変なの?


シャーリーの心は押し潰されそうだった。楽しかったオーストラリア旅行の記憶なんて、はるか彼方へ飛んで行った。


シャーリーは、スマホのメモ機能に遺書を書いた。


先生へ


やっぱり私は狂ってますか?

先生のこと想いすぎて気持ち悪いですか?

気持ち悪いですよね。

自分でも分かっています。

でも、先生なら笑顔で受け止めてくれると思ってた。

でも、先生も引いてたよね。

そりゃそうか。

心が張り裂けそうです。

心が苦しいです。

あなたに拒絶されたら、もうどうすればいい?

また1人で耐え抜かないといけないの?

味方でいてくれると思ってたけど、あなたは私のことなんてどうでもいいのね。

むしろ、迷惑なんだね。

ごめんなさい。

やっぱり、死にたい。

生きていても辛い。

1番辛いのは、大好きな人から拒絶されること。

あなたに会わなきゃよかった。

本当の気持ちを聞かせて。

取り繕わないでいいから。

気持ち悪いなら、気持ち悪いって言って。

嫌いなら嫌いって言って。


狂っている私を深く深く埋めてください。









シャーリーは遺書を書き終え、深く息を吸った。

オーストラリア🇦🇺

【8月8日(火)〜13日(日)シドニー旅行✈️】

オーストラリアのシドニーに行ってきました🇦🇺

8月8日の出発日はかなりみっちりとしたスケジュールでした。午前中は大学で期末試験を受け、お昼から京都駅から成田空港を目指し出発🙋台風の影響がすごく気になっていましたが、なんとか外れてくれました。成田空港に向かう成田エクスプレスに乗れただけで、東京に慣れていない私は大興奮!!笑 飛行機は無事にシドニーに着きました✈️

1日目は、オーストラリア博物館、シドニー市内観光に行きました。シドニーオペラハウスの内部見学ツアーにも参加。オペラハウスの中で1番大きなホールに入ることができました。

2日目は、ブルーマウンテンズエキスプレスというツアーに行きました。ブルーマウンテンズは、ユーカリの葉っぱに含まれるオイルが揮発して空気中に漂い、それが太陽の光を青色に反射するため山が青く見える地域です⛰スリーシスターズと呼ばれる岩も美しく、感動的な眺めでした。大陸の雄大な自然を感じることができました。また、夕方にはスーパーマーケットに行きました。バナナが1kgで3ドルだったり、ミルクが洗剤みたいな瓶に入っていたり…🍌私はCHOBANIというヨーグルトを大変気に入りました😋みなさんもオーストラリアへ行った際にはぜひ食べて見てください!

3日目と4日目は完全に私たちの自由行動でした。シドニーオペラハウス、ハーバーブリッジ、ハイドパークバラックス、セントメアリー大聖堂、王立植物園、ニューサウスウェールズ州立美術館、ワイルドライフシドニー、タロンガ動物園、ロックスマーケットなどたくさんの場所に行きました😊

この旅を通して嬉しかったことを書きます!

サーキュラーキーでフェリーに乗ってタロンガ動物園に行くときに、フェリーの乗り場がわかりませんでした。タロンガ動物園行きのフェリーは6番ゲートから出ていたのですが、ゲートの中にもたくさんの乗り場がありどこでフェリーを待てばいいのかわかりませんでした。案内板を見ても書いておらず、頼れるのは放送だけ。しかし、そのアナウンスはナチュラルスピードの英語だし、周りに沢山の人がおり聞き取りにくいものでした。私はできる限り耳をすませてアナウンスを聞いていました。すると、タロンガ動物園行きのフェリーはA2から出るということが聞こえてきました!私はそれが聞こえた瞬間安心したと同時に、自分が英語を聞き取ることができたことが嬉しかったです😌✨お土産屋さんやレストランなどでも店員の方が話しかけてくれたりしたときもなんとか会話を続けることができました。(teacher trainee という単語が出てこず、思わずI'm an English teacher from Japan.と言ってしまう場面もありましたが…😅)


長文読んでくださりありがとうございました😊次の山場は、教育実習です。